団塊の世代がすべて75歳以上となる2025年には、後期高齢者数は2,000万人を突破、介護を必要とする高齢者は激増するでしょう。しかし、介護業界は慢性的な人手不足に直面しており、高齢者に対し十分なケアができない状態。
そんな現状を反映してか、全国の介護事業所では高齢者虐待が後を絶ちません。また、高齢化に伴い、老老介護が目立つように。養護者が虐待に走るケースも見られます。在宅の場合、密室で虐待が行われるため、問題の根は介護事業所より複雑かもしれません。
こうしたなか、高齢者の「権利擁護」が声高に叫ばれるようになりました。
「権利擁護」とは、「自分の人生を自分で決め、周囲からその意思を尊重されること」(東京都作成「高齢者虐待防止と権利擁護」より引用)を意味します。
身体拘束をはじめとした虐待は、高齢者の意思決定権を奪うことになるため、深刻な問題となっています。
介護事業所で虐待された高齢者のうち7割は認知症を患っている
厚生労働省が毎年公表している「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等(通称、高齢者虐待防止法)に関する法律に基づく対応状況等に関する調査」によると、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、介護療養型医療施設などの職員による高齢者虐待は2014年度に300件認められました。
2013年度と比較して35.7%もの増加で、ここ2年間で倍増し、8年連続で過去最多を更新しました。
虐待が起こった理由は「教育、知識、介護技術の問題」が6割超。以下「職員のストレスや感情コントロール」「職員の性格や資質」「倫理観や理念の欠如」などが続いています。虐待した職員は30代以下が4割を超え、若い世代ほど多い傾向にあります。

虐待された高齢者のうち7割以上は認知症でした。
この事実から、認知症高齢者ほど虐待を受けやすいことがわかります。
認知症高齢者の場合、虐待(年金の使い込みや無視、介護放棄など)されたとしても虐待に気づかないケースもままあります。
たとえ虐待を認知しても声を上げることさえできないため、虐待が徐々にエスカレート。
気づいたときには惨事になっている可能性もあります。
個室で虐待が行われることも。ユニットケアの普及により、虐待が表面化しにくくなっている
さらに高齢者虐待の現状について見ていきましょう。
「身体拘束」の弊害を継続して調査しているNPO法人全国抑制廃止研究会の調査によると、過去3年間で虐待が「明確にあった」と回答したのは461介護事業所「明確にあった」と回答した施設での平均虐待件数は1.8件でした。
「3件以上」とした施設は63か所あり、深刻な状況がうかがわれます。
認知症の高齢者は、虐待を受けても、その事実を訴えることができません。そのため、虐待が表面化しにくい構造になっています。また、個室ケアが広がるなか、虐待を受けていても、同僚や上司が気づきにくいという構図もあります。
身体拘束はさまざまな弊害を生み、高齢者の機能回復を妨げる

「身体拘束」は、認知症高齢者の意思決定権を侵害する行為です。しかし、介護事業所は慢性的な人手不足に直面していることもあり、認知症高齢者による徘徊や暴力を防ぐためには、「身体拘束はやむを得ない」と考える人もいます。
身体拘束は、文字通り身体を拘束する「縛る」はもちろん「向精神薬を服用させ動けなくする」「部屋に閉じ込める」なども該当します(参考資料:厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き」より抜粋)。
以下の11もの具体例を見ると、身体拘束は多岐に渡るとよくわかります。
1.徘徊しないように、車いすやいす、ベッドなどに縛る
2.転落しないように、ベッドに身体を縛る
3.自分で降りられないように、ベッドを柵で囲む
4.点滴、経管栄養などのチューブを抜かないように身体を縛る
5.手指の機能を制限するミトン型の手袋を着用させる
6.抑制帯や腰ベルトにより拘束する
7.立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する
8.脱衣やおむつはずしを制限するため、介護衣(つなぎ服)を着用させる
9.他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに身体を縛る
10.向精神薬を過剰に服用させ動けなくする
11.自分の意思で開けることができない居室に閉じ込める
身体拘束はなぜ問題なのでしょうか。「人道から外れている」「身体拘束はけしからん」という観念論、感情論だけでなく、高齢者の身体や精神にどのような悪影響があるのか具体的に整理して理解することが重要です。
NPO全国抑制廃止研究会「身体拘束廃止のための標準ケアマニュアル」によると、身体拘束の弊害は「身体的弊害」と「精神的弊害」「施設内弊害」「社会的弊害」に大別されます。
- 1.身体的弊害
-
・関節拘縮、筋力低下、褥瘡の発生
・食欲低下、心肺機能や感染症への抵抗力低下
・転倒事故を誘発し、抑制具による窒息死を招く恐れ
- 2.精神的弊害
-
・不安や怒り、屈辱、諦めなど精神的苦痛を与える
・痴呆が進行し、せん妄を頻発させる
- 3.施設内弊害
-
・介護職員の士気低下(理想が高い人ほど介護への誇りを失いやすい)
・拘束されている事実を知った家族が混乱し、「施設に入れなければよかった」などと罪悪感にさいなまれる
- 4.社会的弊害
-
・介護保険制度への信頼失墜
・身体拘束による医療的処置は、経済損失を発生させる
・老年期への不安増大
・介護事業所への不信感増大
身体拘束は、本来のケアにおいて追求されるべき「高齢者の機能回復」という目標と正反対の結果を招く恐れがあります。だからこそ、身体拘束は問題があるのです。
管理者や現場リーダーの「考え方」が身体拘束廃止に有効
身体拘束をなくすにはどうしたらよいでしょうか。さまざまな方法が考えられますが、身体拘束が減るかどうかは、現場でケアを提供する介護職員にかかっていると言えるでしょう。
NPO法人全国抑制廃止研究会の資料(「身体拘束廃止のための標準ケアマニュアル」によると、施設長が「身体拘束をしない」という理念を表明し、かつその理念が浸透している介護事業所は、そうでない介護事業所より拘束率が3~4ポイント低減していることがわかりました。
また、現場リーダーが身体拘束廃止に積極的に取り組んでいる介護事業所は、そうでない介護事業所に比べて拘束率が6~7ポイント低減しており、施設長をはじめとした管理者のリーダーシップこそが身体拘束廃止につながると言えそうです。
| 管理者の理念と 拘束率との関係 |
有効回答数 | 拘束率 | |
|---|---|---|---|
| 全体 | 8,776 | 2.3 | |
| 管理者の理念 | 表明しており よく浸透している |
6,758 | 1.6 |
| 表明しているが 浸透しているとは言い難い |
1,620 | 4.8 | |
| 表明していない | 268 | 6.0 | |
| 現場リーダーと 拘束率との関係 |
有効回答数 | 拘束率 | |
|---|---|---|---|
| 全体 | 8,776 | 2.3 | |
| 現場リーダー | 表明しており よく浸透している |
6,691 | 1.6 |
| 表明しているが 浸透しているとは言い難い |
1,623 | 4.7 | |
| 表明していない | 302 | 5.3 | |
身体拘束は、介護保険制度本来の趣旨を逸脱した行為であり、決して許されるものではありません。
しかしながら、前述した通り、身体拘束の中身は多岐に渡っており、介護のプロである介護職員でさえ、知らず知らずのうちに高齢者の意思決定権を侵害しているケースもあります。
虐待は日常的に起きるもの。虐待が過去最悪を更新するなか、身体拘束を含めた虐待防止に効果的な方法はあるのか。知恵を出し合う時期に来ています。
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2020年9月7日 制定