「自治体から国に報告が行われていない」という現状
厚生労働省、初の高齢者施設での事故実態調査に乗り出す
先日厚生労働省は、全国の特養と老健を対象に、施設内で起こった事故に関する調査を行う方針を決定しました。これまで国として、死亡事故を含めた事故件数や事故内容の実態把握ができておらず、これが初めての全国規模で行われる調査となります。
対象となる施設は、比較的要介護度が高い人が入居している特養2,000施設以上、在宅復帰のためのリハビリサービスなどを提供する老健約4,000施設です。
質問票を送付する形式で調査は行われ、「実際にどのような事故が生じたのか」「自治体に報告するうえでの基準や方法は何か」などを尋ねていくとしています。10月から実施し、今年度中には結果がまとめられる見込みです。
現在、特養や老健の入居者に事故が起こったら、国が定める省令に基づいて、各施設は自治体や家族に報告を行う義務があります。
しかし、全国規模での調査が行われてこなかったことから、社会保障審議会の分科会がまとめた報告書においても「施設においてどのようなリスクが生じていて、そのリスクに対してどのような対応をしているのか。
その現状を把握した後に、国としての対応について検討すべき」と指摘されていました。
これら有識者の声をもとに、調査の実施が決められたわけです。
介護事故が3,731件に対し、約4割が未報告だった
介護事故が発生した場合は自治体に報告義務がありますが、十分な報告をしていない老人ホームも少なくありません。

例えば、2015年に入居者の転落死事故を起こした老人ホームの系列施設では、2011年度以降、自治体に報告せねばならない介護事故が3,731件発生していたのに対して、そのうちの約4割にあたる1,526件を報告していませんでした。
同ホームの運営会社は「報告基準に関する理解が不足していた」と述べており、運営会社自身の不備もさることながら、「介護事故の自治体への報告基準・方法が不明確」という制度的な問題を浮き彫りにしたケースであるとも言えるでしょう。
さらに、読売新聞が全国の有料老人ホームを対象に行った調査(2018年1月公表)では、2016年度中に、施設から自治体に対して報告された「事故による入居者の死亡者数」が944人に上っていることが分かり、「自治体から国への死亡事故の報告は1割程度にとどまっている」という実態が明らかにされています。
国が介護事故の現状を把握できていない背景には、施設側が報告を行わないというケースだけでなく、「自治体から国に報告が行われていない」という現状が大きく影響しているとも考えられるのです。
国の介護事故把握を妨げている大きな問題点とは
介護事故で最多は「転倒」、ほかにも潜在的な事故が
施設での事故については、国による明確な統計調査はまだ行われていませんが、民間が行った調査があります。
2009年に三菱総合研究所が行った研究事業結果(自治体に報告された8,541件を対象に調査)によれば、高齢者施設で起こった事故として最も多かったのは「転倒」(4,924件)で、以下「転落」(958件)、「誤嚥」(290件)、「衝突」(190件)、「誤薬」(115件)、と続きます。

地方自治体の調査として、事故報告を行っている数少ない自治体の1つである福岡市の調査結果(2012年度「介護保険事故報告」より。
報告された3,177件が対象)によれば、「転倒」(1,320件)、「感染症」(456件)、「誤薬」(354件)、「転落」(222件)、「接触」(221件)が上位の事故原因となっていました。
ただし、入居者のけがや死亡といった自治体に報告義務がある介護事故であっても、報告されていない潜在的な介護事故が多数存在すると考えられるので、実態の件数はより多いとも推測されます。
国への報告義務はなく、事故の報告基準も曖昧か
現行制度では、各施設には発生した介護事故について自治体に報告する義務が定められていますが、自治体から国に介護事故の実態を報告する義務はありません。
先に触れた通り、その点は国が介護事故の実情を把握しづらくしている大きな問題点と言えるでしょう。「事故報告」の判断は自治体に委ねられており、各施設から自治体に報告される内容の基準についても、詳細な規定・全国一律の規定が現状ありません。
そのため、民間の調査によれば、事故件数が2,000件を超えている自治体がある一方で、極端に少ない自治体もあることが報告されています。
事故件数を多く公表している自治体(横浜市など)は、「その自治体に立地する施設は危険である」ことを示しているわけではなく、立地する施設がそもそも多いことに加え、明確な報告基準を定めているからこそ事故件数が多く算定されているとも言えるのです。
施設で事故が起きるのは過大な職員への負担が
人員配置基準が人手不足を招いている?
高齢者施設での事故は、介護現場で人手が足らず、入居者へのサポート・見守りが不十分になっているということが原因の1つです。
そして人手不足に陥っている一因として、「介護報酬が想定している人員配置割合が、現場の実情に即していない」ということが挙げられます。
例えば、特養において国が想定している必要な介護職員数は、「入居者3人に対して職員が1人」です。介護事業者への介護報酬額はこの人員配置割合を前提としており、もし職員数を増やすと人件費が増えて経営が成り立たなくなります。
しかし、実際に特養の介護現場においてこの割合で勤務シフトを組むと、人手がまったく足りません。その結果、入居者に対する生活上のきめ細かいサポートが十分に行えなくなり、事故の発生を招きやすくなってしまうのです。
また、人手不足が続く現場では職員が日々の業務に追われ、急いで作業をこなすあまり介護上でミスが起こりやすくなり、転倒などを引き起こしやすくなるでしょう。
特養の中には、人員配置体制を充実化することで生じた赤字を、ほかの事業所の収益でまかなうという施設も存在します。
人員確保も各施設の努力では限界がある
人手不足と過重な負担で介護現場の職員は疲弊しており、施設における事故が発生しやすくなっているのが現状です。事故を防ぐには、介護職員1人当たりの負担を減らすための人員確保が必要と言えます。

しかし、日本政策投資銀行と日本経済研究所が行った調査によれば、要介護認定者1人当たりの介護職員数は、2001年時点では約4.1人でしたが、2013年時点では3.3人にまで減少。
2035年には必要となる介護職員の数は295万人まで増え、2013年時点の171万人から約120万人以上も増えると予測されています。
介護職員の確保が進まなければ、人手不足は現状よりも深刻化していくことになるでしょう。
しかも人手不足が続く中、介護職はほかの産業に比べて離職率が高く、給与額も低いのが現状です。
人員を確保するためには待遇の改善・給与アップも必要になりますが、先に見た通り、介護報酬を含む構造的な欠陥が存在するために、各施設の努力では限界があるのも現実だと言えます。
今回は、介護現場における事故の問題を取り上げました。
国は事故の実態調査を行うことを決めましたが、事故の解消のためには、その背後にある人手不足の解決が不可欠です。
高齢化がさらに進む中、介護保険制度・介護報酬における構造的な問題にどう取り組むのか、国は大きな試練に直面しています。
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2020年9月7日 制定