介護職員が強要させられる無言の「サービス残業」
今年4月から残業規制が始まる
2019年4月1日から、残業時間に実質的な上限規制を設けて、違反した場合は罰則を適用するという働き方改革関連法案が施行されます。
具体的には残業時間の上限は月当たり100時間未満、2~6ヵ月の平均で80時間未満、年720時間までとされ、実質的に青天井だったこれまでとは経営環境が大きく変化します。
中小企業には1年後の2020年4月からの適用ですが、人手不足が深刻化しつつある中、今後は対応に追われる企業が続出すると予想されます。
実際、日本商工会議所などが行った調査によると、残業の上限規制によって生じる問題として、過半数の企業が「業務量に対して人員が不足している」と回答。
厚生労働省調べでは2018年における全国の有効求人倍率は1.61倍と求人数が求職者数を大幅に上回る状態が続いており、今回の残業規制は、この状況をさらに促進させるとも予測されています。
しかし、連合総合生活開発研究所が発表している『生活時間の国際比較』によれば、1日あたりの平均残業時間はフランス(33分)、アメリカ(38分)に対して、日本(100分)と著しく長くなっています。
働く側からみれば、残業規制によって就労時間が適正化されるのは望ましいことです。
特に介護業界ではサービス残業が常態化しており、就労環境をいかに改善していくかは大きな問題となっています。
6割以上の介護職員が無償残業を強いられている
全労連介護・ヘルパーネットが介護施設で働く7,000人を対象に行った調査では、「1ヵ月間のサービス残業はどのくらいあったか」との質問に対して、「ない」との回答は全体の38.9%のみ。実に6割以上の介護職員が無償残業を行っていたことが判明しました。

サービス残業の時間として最も多かったのは「5時間未満」(23.7%)でしたが、「10時間以上」と答えた人は全体の23.3%に上り、中には「45時間以上」(0.9%)という人もいます。
不払い残業の問題は、介護分野において深刻化していると言えるでしょう。
また、同調査では「不払い残業の主な業務」についても質問しており、最も多かった回答は「情報取集・記録」(70.8%)で、以下、「ケアの準備・片付け」(37.9%)、「会議・委員会・研修等」(31.0%)、「利用者へのケア」(30.6%)と続いています。
利用者へのケア・ケアの準備や片付けが行われている一方で、情報収集や記録業務、さらには会議や委員会など、いわゆる事務処理作業をこなすためにサービス残業を強いられるケースが多いのです。
人件費削減が”みなし残業”を生んでいる
サービス残業の最大の原因は「介護報酬」
介護職員がサービス残業を余儀なくされる要因として、介護報酬の変更に伴う影響もあります。
例えば2015年に行われた介護報酬改定では、平均2.27%(実質4.48%)のマイナスとなりました。報酬額の一方的な減少に対処するには、少なくとも減った分について費用を削減しないと経営を持続できません。
その場合、「費用」の中に含まれる大半は「人件費」。報酬額が減らされる中、余裕のある人員配置での運営では適正な(必要最低限の)利益の確保はできなくなり、結果として、残業代の未払いが常態化する事態が生じたわけです。
こうした就労環境の悪さは、介護業界の人手不足にさらに拍車をかけています。厚生労働省の資料によれば、介護職の有効求人倍率は3倍以上であり、全産業平均を大きく上回っているのが現状です。
ただ、人手が足りないからといって、提供すべきサービスの質をそれに合わせて低下させるわけにはいきません。そのため現場の職員が負担すべき業務量は増え、無償での残業の増加にもつながっています。
介護現場における「人手不足」と「サービス残業増加」は、まさに”負のスパイラル”に陥っているのです。
介護現場特有の心理的な「請求できない・させない」圧力
また、各介護施設・事業所における先例や上司・先輩からの心理的圧力によって、サービス残業が強要されるというケースも多いです。
先ほど取り上げた全労連「介護・ヘルパーネット」によれば、「残業代が支払われない理由」(複数回答)を介護職員に尋ねたところ、「自分から請求していない」(64.7%)、「請求できる雰囲気にない」(42.7%)、「支給されない業務や会議がある」(27.6%)という3つの回答が、ほかに比べて圧倒的に多くなっていました。

「サービス残業をしなければならない」という雰囲気が一定の強制力を持って職場を支配し、その結果「残業代は請求できない・しない」と考えることが一般的になっている実情が伺えます。
さらに介護現場でよくあるのが、施設・事業所側が「職員全員の残業時間を、月に20時間以上とならないようにする」などの取り決めを事前に行い、もしそれ以上の残業が発生したときは、「職員が勝手に働いた」とみなして残業として認めない、というケースです。
しかし、介護現場は慢性的な人手不足。職員が負担する業務量は多く、必要な作業・サービスを行おうとしたら、残業がどうしても発生してします。
いわば、介護職員の責任感や親切心につけこんで、サービス残業を当たり前のものとして処理とも考えられるのです。
規定以上の残業を強いた事業者は懲役または罰金の可能性も
残業問題が介護職員の離職を加速させる
介護施設・事業所の運営者・管理者の中には、「サービス残業は職員が自分の意思で行っていること」「就業時間外であってもちょっとした作業をするくらい問題ないだろう」という安易な考え方も少なくありません。
しかし、そのような考え方を見直さない限り、現場で働いている職員のモチベーションは次第に低下し、離職者を増やすことにつながります。
サービス残業の問題は、介護職員個人が行うか行わないかの問題ではなく、経営者・管理者が中心となって職場内全体で対策を取る必要があるのです。
職員1人当たりに課せられる業務量は、本人の努力だけで改善できるものではありません。業務時間外で残業が発生するのであれば、残業代は捻出すべきです。
また、残業代を出す場合でも、冒頭で紹介した働き方改革法案の施行により、規定時間以上の残業を強いると半年以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。
介護施設・事業所の多くが中小規模なので、実際に施行されるのは来年4月からというケースが多いと考えられます。
しかし、職員に日ごろから長時間の残業を行わせている場合、早いうちから残業時間を抑制した勤務体制を構築しておかないと、施行までに間に合わなくなる恐れもあります。
残業規制開始で「エア退社」が横行する可能性も
一方で、今回の働き方改革関連法案による残業規制には法の抜け穴があることも指摘されており、そのひとつが表向きは「退出」としておきながら実は残業を強要するという「エア退社」です。
典型的なのが、タイムカードに退勤記録を付けさせた後に、残業を強いるという方法。公的な書類では残業していないことになるため、残業をした本人が後で残業代を請求しても、十分な金額が支払われない恐れも指摘されているのです。

特にサービス残業が多い介護業界では、エア退社が横行するのではないかと懸念されています。
これは当然ですが「違法行為」です。会社側だけでなく、現場でサービス残業を隠蔽した上司自身にも損害賠償責任が発生します。働く個々人も、このような働き方をさせられるのは違法なのだ、という自覚を持つことも大切でしょう。
今回は、4月からスタートした「働き方改革関連法案」の残業規制に関する話題をきっかけに、介護分野における残業問題について考えてきました。
介護業界では、職員にサービス残業を強いるケースが多いのは確かなこと。
しかしその背景には、人手不足や介護報酬の設定など構造的な問題もあり、施設・事業所単位では対応しきれない課題でもあります。
国・厚生労働省は介護現場の実情を把握したうえで、適切な対応策を考えていく必要があるでしょう。
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2020年9月7日 制定