厚生労働省は2015年9月、新たな福祉サービス提供に向けたプランを公表しました。バラバラに提供されている高齢者・乳幼児・障害者向けサービスを一体化させ、「共生型施設」の普及を目ざすというものです。
同省ではこのプラン実現のために、介護福祉士と保育士の“資格の統合”も検討中で、「共生型施設」に必要な人員や設備などに、2016年の春までに新たなルールを整備することを予定しています。
このプランの一番の狙いは「限られた施設や人材を有効に使い、サービスを効率的に提供すること」(厚労省)ですが、現実的に考えた場合、プランの実行可能性については不透明な部分もあります。
「介護と保育という専門性が異なる分野を統合して共存させられるのかどうか」「現場は資格の一本化どころじゃない」。そんな声もが聞こえてきます。というのも、その背景には日本の福祉全体が直面している深刻な問題が控えているからです。
狙いは介護職・保育士の“人手不足”解消でも、日本の福祉サービスには根本的な問題が
待機児童者数2万人以上…という問題の解決へ。サービス提供の効率化が肝?
さて、「共生型施設」というプランのウラに何があるかはハッキリしています。問題は、日本の福祉サービス全体が直面している深刻な人手不足です。
厚労省では、団塊世代が75歳以上の後期高齢者となる10年後に介護職員は約30万人、保育士では2017年に6.6万人が不足すると試算しています。
実際に、人手不足は福祉サービス全体のキャパシティの問題としてすでに顕在化しています。たとえば、特養老人ホームの入所を待つ待機老人の数は2014年3月段階で約52万人、保育所の入所を待つ待機児童数は2013年時点で2万2741人。

待機児童者数は3年連続で減少となっていますが、それでも2万人以上の子どもが待機しているというのが現実。国民の多くが公的サービスを享受できない現実が、じわじわと拡大していることがわかります。
「共生型施設」というプランには、当然、人手不足の解消につなげたいという目論見があります。
介護と保育の現場を一つの施設に統合し、そこで働く介護福祉士や保育士などの資格を一本化することで、サービスを効率よく柔軟に提供できる体制を整える。
しかしそのことで人材の絶対数が増える見通しはありません。
限られた人材やインフラでなんとかやりくりする、苦肉の策といえるかもしれません。
「みんなの介護」アンケートでは、現役介護士の約6割が資格一本化に「NO」
ちなみに介護と保育の資格を統一するために、厚労省が参考としているのが、福祉大国フィンランドの「ラヒホイタヤ」という統一資格制度です。
これは、多様な福祉ニーズに柔軟に対応できる人材を確保するために、ホームヘルパー・保育士・準看護師・リハビリ助手・歯科助手など、10の資格を一体化したもの。
働く側にとっては介護・保育・医療など複数の職場をまたいで活躍できるメリットがあり、雇用者にも事業に合わせて1人の人材を柔軟に活かせるというメリットがあります。
しかしこの制度が日本にうまくあてはまるどうかについては問題があります。
フィンランドの場合、あくまで日常的なケアを中心とした比較的取得しやすい資格を一本化したものですが、日本の介護福祉士と保育士に求められる知識やスキルは、専門性が高く一定のキャリアも必要です。
二つの資格を取得する現場の負担は大きく、ひとまとめにした制度を実現するとなると、超えるべきハードルは高いと言えそうです。
「みんなの介護」が行ったアンケート「介護士の資格を持つ方に質問です。
保育士との資格統合はあり?なし?」においては、「あり」と考える人が15%に満たず。
逆に「絶対になし」「どちらかというとなし」と答えた人が6割近くとなっており、現場からの反発の声はかなり高まっているのが現状です。
| 大いにあり(20人) | |
| どちらかというとあり(54人) | |
| どちらかというとなし(98人) | |
| 絶対になし(191人) | |
| どちらとも言えない(141人) |
“低賃金”の現状が改善されなければ、「介護も保育もなり手がいない」のが現状
全産業と比較して月収で10万円、年収で最大250万円の開きが!

深刻化する人材不足のウラに何があるのか。各種の統計を見るといくつかの理由が見つかりますが、やはり決定的なのが、保育士・介護職ともに全産業の平均と比較した収入の低さです。
厚労省が2014年に作成した年収の賃金カーブをみると、全産業平均と保育士との年収差は50~59歳で150万円以上。介護職員とはなんと250万円以上の開きがあります。
この賃金カーブからは、介護や福祉の職員がいくらキャリアを積んでも収入が増えないという現実も見えます。
月収でいえば、福祉施設介護職員の平均は、サラリーマン平均32万より10万円も低い平均約22万円。
こうした報酬の少なさが人材不足の最大の原因になっていることは間違いありません。
その一方で、厚労省がまとめた介護施設の利用状況に見ると、施設の利用率は2010年で90%以上、また2014年にはほぼ100%という高い水準を示しています。
このことを慢性的な人材不足と照らし合わせて考えると、限られた人材でやりくりしながら施設が運営されている現実が推測できます。
介護職員にかかる負担の大きさと収入のアンバランス。まさにそこに人材不足の本当の原因がありそうです。
資格保持者でも介護職に就かない人が45万人も!?“仕事への魅力”に難点か
介護福祉士と保育士が仕事をどう感じているかは、別のデータから見えてきます。

2012年時点で、介護福祉士登録者数は約108万人ですが、現場で働いている人はその約6割の63万人。人材不足に悩む介護業界の中で、せっかく資格を取得しながら、眠っている介護人材が45万人もいるということになります。
一方、保育士も同様に、資格を取得しても仕事に就かない人が多く、就いても離職率の高さが指摘されています。
厚生労働省職業安定局がまとめたアンケートによると、保育の仕事に就かない理由として、5割近い人が「賃金と希望と合わない」という理由を挙げています。
また「責任の重さ・事故への不安」「健康・体力への不安」もそれぞれ4割に上っています。
やはり仕事の大変さに見合った報酬を貰っていないことが、ここでも明らかです。
さらに言えば、介護報酬と保育料という、いわば公定価格の存在です。公的に事業収益の枠組みが決められており、どうしても賃金が低く抑えられてしまうという構造があります。

厚労省の雇用政策研究会報告書(2015年8月)を見ると、介護・保育の人材不足解消のために、さまざまな取り組み課題が挙げられています。しかし問題解決の決定打となるのは、やはり「仕事に見合った報酬」に尽きるのではないかと思います。
国が掲げる「1億総活躍社会」を実現するには、人材問題の解決が必須

2015年の9月、政府は「1億総活躍社会」というスローガンを掲げました。
その新3本の矢の一つに、「夢をつむぐ子育て支援=希望出生率1.8・待機児童ゼロ」というものがあります(2014年の合計特殊出生率は1.42)。
これは具体的には、子育てしながら働く現役世代をいかに制度的にサポートするか、そのための人材をいかに確保するかという問題と言えます。
さらにもう一つの矢として、「安心につながる社会保障=介護離職ゼロ」があります。
厚労省の介護・保育一体の共生型施設のプランも、このテーマの一環として位置づけることができます。
厚労省はさらに、「2025年に向けた介護人材の構造転換」の詳細な構想図(下図)を公表しています。
しかし、いくらお題目を掲げたとしても、共生型施設の運営は一にも二にも「人」がいなくては成り立ちません。
働く人が集まるようにすることがなによりも先決なのです。
「仕事に見合った報酬」を実現しないと、介護・保険一体の共生型施設は、絵に描いた餅になる可能性が高いと言えるでしょう。
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2020年9月7日 制定