介護福祉士の国家試験義務化が先送り決定
「養成校ルート」の経過措置が5年間延長へ
6月5日、社会福祉法、介護保険法などの改正案が参議院で可決し、成立しました。
今回の改正案は、地域共生社会の実現や、介護サービスの提供体制の強化を主に掲げたものとなっています。
この中では、介護福祉士の国家資格を取得する方法のひとつである「養成校ルート」について、現在行われている経過措置の延長が盛り込まれており、それが正式に決定しました。
もともと、大学や専門学校を卒業して介護福祉士の資格を取得するこの養成校ルートでは、試験を受けることなく卒業とともに介護福祉士になれました。
しかし、介護福祉士の質を向上させることを目的として、2017年から養成校ルートの卒業生に対しても国家試験の受験を義務化。経過措置として、養成校を卒業してから5年間は、国家試験に合格していなくても介護福祉士とみなされてました。
本来この措置は2022年に撤廃される予定となっていましたが、今回の改正案の成立により、さらに5年間延長されて2026年まで有効となります。
この決定が行われたのは、養成校入学者の3割を占めるという留学生の増加が大きな理由です。しかし一方で、介護福祉士の質の低下を懸念する声も上がっています。
現場の介護スタッフに教育・指導を行う介護福祉士
現在、介護福祉士になるためには、主に3つの方法が設けられています。

まずは、現場での実務経験をもとに資格取得を目指す「実務経験ルート」です。
受験資格は、介護現場での業務経験を3年以上積んだうえで、介護福祉士実務者研修を修了すること。
収入を得ながら資格の取得を目指せることから、現在最も資格取得の多い資格取得ルートです。
次に、福祉系の高等学校を経由して資格取得を目指す「福祉系高等学校ルート」です。
このルートは、福祉系高等学校と特例高等学校で受験資格が異なっています。
前者では卒業とともに受験資格を手に入れることができ、実技試験も免除されます。
対して後者では、卒業後に9ヵ月以上の実務経験を積むことが必要で、かつ実技試験も合格することが必要です。
そして最後は、経過措置の延長が決まった「養成校ルート」です。
こちらは前述した通り、大学や専門学校などの養成校に通って資格取得を目指すもので、以前は養成施設を卒業した時点で介護福祉士になることが可能でした。
しかし、2017年度以降は経過措置こそあるものの、最終的には国家試験を受験して合格することが必須となっています。
また、外国人人材向けのルートとしては、日本と掲載連携協定(EPA)を行っている国が対象となる「EPAルート」も存在します。
これは対象であるインドネシア、フィリピン、ベトナムなどの国から候補生を受け入れ、3年以上の実務経験と研修を修了した人が受験資格を得る、というもの。外国人向けの実務経験ルートとも言えます。
介護福祉士の人材確保を優先とする措置
国試義務化で外国人労働者の人材確保が難しくなる
ではどうして、今回の経過措置の延長が留学生の増加に対応した決定となるのでしょうか。
それは、日本語を母国語としない留学生にとって、国家試験が高いハードルになるためです。
実際、2019年の介護福祉士の国家試験では、養成校の卒業見込みとなっている人のうち、日本人は90.9%と高い合格率となっていましたが、留学生の合格率は27.4%に留まりました。

上で述べた通り、現在では養成校ルートの3割を留学生が占める状況。経過措置を撤廃した場合、彼らの7割以上が日本で学んだにも関わらず、働くことはできないということになってしまいます。
そのため、貴重な介護人材を日本で働かせることなく母国に返してしまう結果となることを、有識者は懸念していました。
また、日本に留学しても、国家試験に合格できずに実務経験を積めないとなると、留学生がほかの国を留学先として選ぶ可能性が高くなります。
そうなった場合、養成校の経営も大きな打撃を受けるのではないかという声も挙がっていたのです。
そのため、外国からの人材を多く受け入れようとしている政府にとって、今回の経過措置の延長は必須だったと考えられます。
離職率が高く賃金に不満の多い現状も
そもそも、介護福祉士の離職率の高さは、以前より問題となっていました。
事実、2018年に介護労働安定センターが発表した資料によると、介護職の離職率は16.2%。
厚生労働省が同年に発表した同様の資料でも、2017年の全産業平均の離職率が14.9%となっており、それを上回る数値となっています。
こうした状況になっている理由としては、介護職は仕事内容に比べて、その待遇が悪い傾向が強いということが挙げられます。
2017年に行われた厚生労働省の社会保障審議会介護給付費分科会の中で示された資料によると、介護福祉士を対象として、過去働いていた職場を辞めた理由(複数回答)を聞いたところ「収入が少なかった」が23.6%で第4位でした。
加えて、「労働時間・休日・勤務体制が合わなかった」が21.1%で第5位と、勤務環境や待遇に関する不満が上位に挙がっています。
こうした中で、養成校ルートの国家試験義務化は、外国人受け入れに対してブレーキをかけるだけでなく、日本人に対しても資格取得の難易度が上がることとなるため、人材の確保がより困難になることは間違いありません。
そのため、経過措置を求める声が多く専門家から挙がっていたことも事実です。
「特定処遇改善加算」の取得はハードルが高い
介護事業者の取得率は58%程度しかない
こうした介護職の待遇については、政府はたびたび介護報酬を改訂し、改善を目指してきました。
最近では、2019年10月に創設された「特定処遇改善加算」があり、これは経験のあるリーダー級の職員について、年収440万円超、もしくは月8万円程度の賃上げを目的としたものとなっています。
しかし5月に厚生労働省が発表したところによると、この特定処遇改善加算を算定した施設や事業所の割合は、創設された10月で53.8%、12月で57.8%と半数程度しかこの加算を取得できていない現状が浮き彫りになりました。

既存の処遇改善加算は取得率が9割を超えていることと比較すると明らかに少ないことから、有識者からは制度設計に問題があるのではないかという指摘がなされています。
こうした声を受け、加藤勝信厚生労働大臣が取得率の向上を目指すため、事業所を支援するという意向を発表するなど、政府も対応を急いでいる状況です。
事業規模により格差が発生…制度の改革が必要
もともと、この特定処遇改善加算を巡っては、事業所の規模により取得率に差が出てしまうのではないか懸念されていました。
この制度は、勤続10年あるいはそれに相当する経験や技能のあるリーダー級の介護職員を対象として加算が行われるものです。そうした人材を多く抱える規模の大きい事務所ほど、多くの加算を受けることが可能な仕組みとなっています。
これに対して、そうした人材を確保することが難しい小規模の事務所では、加算額が少なくなってしまい、条件となるリーダー級の介護職員への待遇改善が困難となるケースがあることから、取得を行うことが難しくなる可能性があるのです。
そのため、この加算が創設される前に行われた法人へのアンケートでは、収益額が1億円未満の法人では創設後に加算を算定する予定がないと答えたのは50.0%と約半数です。
収益が10億円以上となる法人では6.9%に留まっていることから、明確な差が生まれていたことがわかります。
こうした事務所に対しては、月額8万円の賃上げという条件を満たさなくてもいいという特例が設けられてこそいますが、それを加味してもメリットが少ないと判断した法人が多いと考えられます。
冒頭で述べた経過措置の延長は、いわば「質をある程度あきらめてでも数を確保する」という施策なのです。
もちろん、そのバランスを取ることは必要ですが、こうした施策をとらなくても人材の確保が行えるようにするのが最善です。
そのためには待遇の改善が必要不可欠。まずは特定処遇改善加算について制度の見直しを行い、多くの事務所が公平に取得できるよう改善することが政府に求められています。
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2020年9月7日 制定