
認知症の家族が起こした事故や事件の責任は誰が負うべきか。逆に、加害者が認知症だった場合、被害者は相手をどのように訴えることができるのか。
2007年12月、要介護4と認定されていた認知症の夫(当時91歳)が、妻(当時85歳)のうたた寝中に家を出て、列車にはねられ死亡するという事件が起きました。
これに対し、JR東海が家族に約720万円の遅延損害の賠償を求めた訴訟に対する判決が波紋を呼んでいます。
この裁判は「当事者に責任能力がない場合、家族の責任はどこまで問われるか」が争点。1審の判決はJR東海の請求がほぼ全面的に認められ、妻と長男に約720万円の賠償を命じるものでした。
妻側は控訴し、2審では妻側の責任が軽減され、賠償額が360万円に引き下げられました。それでも妻に監督責任者としての賠償責任が残された判決です。2審の判決は妻側もJR東海側も不服として上告し、現在最高裁での結審を待つことになっています。
近年、認知症患者が起こす交通事故の増加も目立ち、窃盗などでも家族の監督責任が問われるケースが往々にしてあります。しかし、こういった事例に対して、介護者に全責任を負わせる判決は、家庭での介護を敬遠させる風潮を生み出しかねません。
現在、認知症患者は全国に462万人。
2025年には700万人を超えると推計され、今後もこういった事故・事件はますます増加することでしょう。
そこで、今回の特集では、認知症患者が起こす事故・事件に対する責任の所在を検討するとともに、こういった問題に対する支援についても考えていきたいと思います。
2025年には700万人…。認知症患者の増加とともに増える事故・事件。患者と家族を救済する手立ては?
鉄道事故で8年間に100人以上が死亡。鉄道会社による損害賠償請求の実態とは?
毎日新聞の調査発表によれば、認知症またはその疑いのある人が列車にはねられるなどの鉄道事故が、2005~2012年度までの8年間に少なくとも149件あり、115人が死亡していたことが明らかになりました。
記事によれば、当事者が認知症であると記載していない届け出も多く、実際にはその件数はもっと多い可能性もあるとのこと。
事故の多くは、徘徊や危険性を認識しないままフェンスなどの囲いがない場所や踏切から線路に進入して起こったと見られています。
そして事故後、複数の鉄道会社がダイヤ乱れなどによる損害を遺族に請求していたことも判明しています。
以下に、その一部の事故と鉄道会社の対応例を紹介しましょう。
| 事故年月 | 鉄道会社 | 遺族への 請求額 |
運休本数 | 影響人員 |
|---|---|---|---|---|
| 2005年12月 | 名鉄 | 80万円 | 12本 | 5000人 |
| 2007年12月 | JR東海 | 720万円 | 34本 | 2万7400人 |
| 2009年5月 | JR九州 | 請求なし | 6本 | 1200人 |
| 2009年11月 | 南海 | 請求なし | 34本 | 9万3000人 |
| 2010年9月 | JR東日本 | 請求なし | 8本 | 1900人 |
| 2011年1月 | JR西日本 | 請求なし | 30本 | 1万7000人 |
| 2011年6月 | 東武 | 16万円 | 6本 | 3900人 |
| 2011年7月 | JR北海道 | 請求なし | 37本 | 1万500人 |
| 2012年3月 | 東武 | 137万円 | 52本 | 2万1000人 |
| 2013年1月 | 近鉄 | 80万円 | 33本 | 1万5000人 |
※JR東海の件は係争中 出所:毎日新聞
このように、JR各社で請求しないケースが目立つ一方、その他の鉄道会社では原則請求の対応が少なくないと見られます。
ただし、各社対応はまちまちで現段階では一般化するのは難しい状況です。それだけに、先に紹介したJR東海での人身事故に対する司法判断が、今後、認知症患者を抱える家族にとって重要になってくると注目されるのです。
行方不明者は年間1万人以上。認知症患者の見守り問題はもはや待ったなし!
徘徊は認知症患者の代表的な症状であり、家族も注意しながら生活していることは確かでしょう。
しかし、24時間片時も目を離さずに過ごすことは難しいもの。
神隠しにあったようにほんの一瞬の隙にいなくなることも多い、という介護者の声をよく聞くことからも、認知症患者の見守りは容易でないことが分かるでしょう。
警察庁の発表によれば、認知症が原因で行方不明になったとして家族らから届けがあったのは、2013年、2014年の2年連続して1万人を超えています。

現在、徘徊認知症患者を捜す対策として、厚生労働省が全国規模で行方不明者を検索できる「徘徊SOSネットワーク構築事業」を推進しているものの、普及が進んでいるとは言えません。
家族が情報掲載に抵抗感をもっていることも普及をさまたげる原因になっていると思われます。
認知症患者の徘徊はもはや家族だけの問題ではなく、社会全体でこの問題に取り組む時期に来ているのではないでしょうか。
Q&Aでよくわかる!認知症患者が起こす事件・事故の訴訟法や責任の有無
ここで、認知症患者が起こす事故・事件の訴訟や責任における、一般的な法的判断についてQ&A形式でまとめておきます。
Q.訴える相手が認知症であった場合、訴訟はできない?

A. 認知症などを患っている相手には訴訟能力がなく、その人を相手に訴訟を起こすことはできません。その場合、まず相手の家族に成年後見人選任の手続きをしてもらい、後見人が訴訟を受け継ぐ方法が検討されます(民法訴訟法124条1項3号)。
しかし、その訴訟の相手が成年後見人選任の手続きに応じてくれないケースも往々にしてあります。
そうしたケースでは、民法訴訟法35条の規定によって特別代理人の選任を申し立て、選任された特別代理人を相手に、訴訟を進めることになります。
特別代理人の申し立ては、すでに訴えている場合は受訴裁判所、訴える前であればその事件の管轄となっている裁判所の裁判長に対して申し立てを行います。
Q.認知症患者が起こした事件・事故に対して、賠償責任は誰が負う?

A. まず、高齢者が起こした事件のうち、認知症でない場合は本人が責任を負うので、たとえ本人に金銭的な賠償が難しい場合でも、配偶者やその他の家族、入居する介護施設運営者が責任を負うことはありません。
つまり、本人に賠償能力がなければ、法的な責任は追及されても、被害者は事実上賠償を受けることができないのです。
それに対し、認知症患者の場合は民事上の責任無能力者と判断される可能性が高く、民法713条の規定によって、本人は民事上の賠償責任を負いません。
その場合、民法714条によって、本人を監督する義務がある者は、監督義務を怠っていない場合でない限り、損害賠償責任を代わりに負うことになります。
Q.精神的な問題があった場合に入院命令措置が下される場合があるが、認知症の場合も該当する?

A. 刑事事件では、心神喪失または心神耗弱の状態で、一定の重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った者に対して、不起訴になった場合や裁判で無罪が確定した場合、医療観察法に基づいて最大3か月の鑑定入院もしくは裁判所の審判に基づく強制的な入院命令を下される制度があります。
この制度は刑事上の責任無能力と判断される場合において効力をもつもので、認知症のケースでもこの判断が適用されることがあります。
したがって、認知症高齢者が罪を犯した場合、検察官の申し立てにより、裁判所の審判を経て強制的な入通院を命じられる可能性があります。
今後、訴訟相手が高齢者で訴訟能力をもたないケースがますます増えていくことになるため、訴訟できる状態にあるかどうかを確認しておく事前の準備が必要となります。
また、認知症患者をもつ家族にとっては、損害賠償請求の責任を負う可能性があるということも知っておくべきでしょう。
求められているのは、認知症患者をめぐる事件・事故の賠償責任を社会で救済する仕組みづくり
JR東海の例で、家族に求めた損害賠償の根拠は夫婦の助け合い義務を定めた民法752条にあります。
これは戦後まもない1974年に規定されました。
家族の人数も多く、地域の絆も強かった時代のものです。
現在のような超高齢社会、かつ核家族化が進んだ社会において単純に当てはめることが果たして正しいのでしょうか。
全国の当事者でつくる「認知症の人と家族の会(京都市)」は、賠償責任を本人や家族だけに負わせず、社会全体で救済する制度をつくるように求めています。
日本損害保険協会によれば、現時点での救済策として、遺族は「個人賠償責任保険」などの保険で損害に対応できる可能性があるとしています。
自動車保険や火災保険の特約として契約されているもので、保障例として「ボールで窓を割った」というような軽微な事故例が挙げられていることが多いのですが、鉄道事故が対象になる保険内容のものもあるそう。
まずは保険会社に相談してみるといいでしょう。
こういった保険については、認知症患者が起こす事件・事故に対する認知症賠償保険でまかなうという提案も一部の専門家からなされています。
もちろん財源を含めた多面的な検討が必要ではありますが、認知症患者の事故率は高く、保険会社が損害賠償を負担できる仕組みが整えば、認知症患者と監督義務者の精神的、金銭的負担を軽減できるというものです。
それが、介護保険制度の中などに設けられるなど、公的な賠償制度が検討される必要もあるのではないでしょうか。
みんなのコメント
ニックネームをご登録いただければニックネームの表示になります。
投稿を行った場合、
ガイドラインに同意したものとみなします。
みんなのコメント 7件
投稿ガイドライン
コミュニティおよびコメント欄は、コミュニティや記事を介してユーザーが自分の意見を述べたり、ユーザー同士で議論することで、見識を深めることを目的としています。トピックスやコメントは誰でも自由に投稿・閲覧することができますが、ルールや目的に沿わない投稿については削除される場合もあります。利用目的をよく理解し、ルールを守ってご活用ください。
書き込まれたコメントは当社の判断により、違法行為につながる投稿や公序良俗に反する投稿、差別や人権侵害などを助長する投稿については即座に排除されたり、表示を保留されたりすることがあります。また、いわゆる「荒らし」に相当すると判断された投稿についても削除される場合があります。なお、コメントシステムの仕様や機能は、ユーザーに事前に通知することなく、裁量により変更されたり、中断または停止されることがあります。なお、削除理由については当社は開示する義務を一切負いません。
ユーザーが投稿したコメントに関する著作権は、投稿を行ったユーザーに帰属します。なお、コメントが投稿されたことをもって、ユーザーは当社に対して、投稿したコメントを当社が日本の国内外で無償かつ非独占的に利用する権利を期限の定めなく許諾(第三者へ許諾する権利を含みます)することに同意されたものとします。また、ユーザーは、当社および当社の指定する第三者に対し、投稿したコメントについて著作者人格権を行使しないことに同意されたものとします。
当社が必要と判断した場合には、ユーザーの承諾なしに本ガイドラインを変更することができるものとします。
以下のメールアドレスにお問い合わせください。
info@minnanokaigo.com
当社はユーザー間もしくはユーザーと第三者間とのトラブル、およびその他の損害について一切の責任を負いません。
2020年9月7日 制定