「介護対談」第34回(前編)森田健一さん「”介護職は常に仕事をすべき”という意識が業界の常になっていた」

「介護対談」第34回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと森田健一さんの対談森田健一
大手介護事業所の管理者などを経験したのち、2013年に「株式会社のそら」代表取締役に就任。長時間の時間外労働や土日出勤など、過酷な労働環境が原因で経営破綻寸前だった介護施設を刷新することに成功した。介護業界では実現困難と言われている「ワークライフバランス」を重んじ、現在も「のそら」は介護する側、される側双方に優しい経営方針を守っている。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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長時間労働や休日出勤、休みがとれてない状況でみなさん働いていた(森田)

森田さんは東京都練馬区、板橋区で訪問介護事業所を運営する株式会社のそら代表取締役です。33歳と若いですね。2013年に代表に就任して、危機的状況だった事業所を180度方針転換、様々な取り組みをしてホワイト事業所に大転換させたと。

中村中村
森田森田

中小事業所のイチ経営者ですので、こういうメディアに出るような身分ではないですが。社内改革はある程度の成果は出てきたかなとは思っています。

介護職だけでなく、自社のブラック運営に悩んでいる経営者の方は本当にたくさんいると思います。改革成功者の話は一歩を踏みだす貴重な情報ですよ。

中村中村
森田森田

今、サービス提供責任者や常勤社員をやっている方々の中には元々非常勤ヘルパーで、会社の雰囲気がいいということで、社員にあがってもらった方もいらっしゃいます。私が代表に就任して3年間ちょっと、職員が働きやすい環境作りを最優先に、地道にやってきて時間をかけてつくることができた体制ですね。

詳細はゆっくり聞くとして、改革に着手してどれくらいで結果がでるものでしょうか。

中村中村
森田森田

一度、運営方法を誤ってしまうと、短期間での立て直しは難しいと思います。環境を整えていい職員さんにどれだけ来てもらえるか、続けてもらえるか。いくら経営者がしっかりしていても、利用者さんのところへ行くのはヘルパーさんなので、いい人材をどれだけ早くつかめるかで、時間は変わってきます。

介護事業所は経営者が悪意あるわけでなく、なにか飲み込まれるようにブラック労働になっていく。様々な原因があって、もう昔から蔓延しています。ホワイトへ方針転換すると短期的には売上を下げて、人件費が上がる。利益を下げる施策は、経営者によほどの覚悟がないとできない。

中村中村
森田森田

私は以前、大手介護法人の事業所で管理者をしていて、2013年に現在の法人に誘われました。取締役で現在の法人に転職した当初、事業所の状態はかなり悪かった。長時間労働や休日出勤、休みがとれてない状況でみなさん働いていましたね。土日関係なく、ずっと出勤が続くとか。

中小の訪問介護事業所で、労基法違反が常態化して職員が続々と精神疾患になり、泥沼になるのは本当によく聞きます。どうしてなのでしょうか。

中村中村
森田森田

新規を受けていくからだと思います。当社は障害者の方の支援も受けさせていただいているので3時間、4時間のロング支援もあります。突発的な依頼を受けると簡単に半日が潰れる。それが日常となれば、職員にかなりの無理を強いることになります。介護保険だと長ければ90分、短ければ30分。訪問介護は勤務時間の中で、どれだけ計画的に、合理的にスケジュールを詰めることができるかで売上が変わってきます。

定休日なし、営業時間も関係なく、本人や家族の都合で依頼を受ければ、それは長時間労働になりますね。訪問以外でも家族のレスパイトを売りにしている事業所は、ほぼすべて職員が犠牲になっている印象です。自然の流れで職員の不満は高まり、離職が増え、不安定な運営になります。

中村中村

まずは「職員が安定して長く働ける環境作りを」と思った(森田)

不満を抱える職員たちが一斉に辞めるのは、荒れる事業所ではありがちなことですね。経営者や事業所にとって、一番恐ろしいこと。他に助けを求めることができない小さな法人で、一気に6人となると、もう成り立たないですね。破綻です。

中村中村
森田森田

結局ケアマネージャー様とお客様に事情を説明し謝罪して、他の事業所へお客様のご紹介させていただいたり、ケアマネージャー様に他社を探していただくなど色々とご迷惑をおかけすることになってしまいました。それがこの会社に転職して、最初の仕事で、本当に精神的にまいりました。

最初から破綻していたので、もうつくり直すしかないという状況だったのですね。森田さんの就任と破綻が同時期だったので、思い切った方向転換ができたと。立て直すために職員のワークライフバランスを改善の最優先にしたわけですね

中村中村
森田森田

まず、「職員が安定して長く働ける環境作りを」と思いました。言い方は悪いですけど、ケアの整理をさせていただいた。新規ケアの受け方のルールをつくったということですね。それまでは早朝、土日祝日でもお客様の意向があれば、どんどん受けてました。例えば日曜日にいきなり電話がかかってきて、外に連れて行って欲しいと。職員は休日が急になくなるわけです。そういう運営をしていると職員は潰れる。長続きしません。

介護業界は人手不足と高い離職で苦境に陥っています。森田さんが実践していますが、介護業界は高齢者や障がい者ではなく、まず介護職のための世界にすることが必要でしょう。経営者だけでなく、高齢者や家族が介護職をいいように使いすぎて今の破綻を迎えてしまった。

中村中村
森田森田

障害者のお客様には介護保険と同じように「計画的に支援を入れさせてくれないか」とお願いしました。そうすることで長時間のケアを、突発的に引き受けることをやめ、計画的に組み込めるようにしました。あとは早朝と夜間の支援も時間の変更をお願いしたりして、平日9時~18時にサービスが入るように組み直しました。説明してお願いをして、少しずつ変えていきましたね。

”介護職は常に仕事をすべき”という意識が業界の常になっていた(森田)

そこまで大胆に方針変更すると、周囲の介護関係者からは叩かれたんじゃないですか。ケアマネとか。介護はなぜか高齢者、障がい者最優先で、多くの関係者は365日24時間動くことが常識と思い込んでいる。介護職を救うためにも、まず当事者たちの意識を変えることが必要ですね。

中村中村
森田森田

何人かの方には「それは介護じゃないよね」と言われたり、「日勤帯だけなんてお遊び」みたいなことも言われました。介護職は常に仕事をすべきという意識はやっぱり業界の常になっていることを実感しましたね

使い捨ても慣れると、それが当たり前になる。介護業界は人手不足で混乱して、行政は人材確保に税金使ったりしていますが、単純に行政も含めて介護職を使い倒した自業自得という印象です。人材は湧いてくるわけではないので、潰したらもう戻ってきません。

中村中村
森田森田

大手に勤めていた時期もありましたので、その問題意識は昔からありました。管理者をやっていて残業代は基本的に一切なかったですし、管理職手当だけになるので部下の平社員のほうが収入は高かったり。残業、休日出勤で頑張って利益をあげても、リターンは少ないという。誰でも不満に思いますよね

この数年は「募集しても人材が来ない」と、ほぼすべての経営者から聞きます。23区を筆頭に大都市圏の方が有効求人倍率は高く、人材確保が難しい。ホワイトにした後の人材確保は、どのような状況でしょうか。

中村中村
森田森田

改革後も広告を出しても、基本的に反応は少ないですね。介護業界は本当に厳しい、危機的な状況だと思います。なので、人を使い捨てるとか、ありえないですね。改革前の時代で売上が良かった時期もあるのですが、なんでも引き受けたとしてもその売上は続かない。みんな疲れて辞めてしまって、人材確保のために利益が吐きだされてしまいます。

離職が激しいと、多少利益が出たとしても、人材募集の広告費で全部が消えてしまいますね。どんなに募集しても来ないなら、現在働いているスタッフをいかに生かして、長く働いてもらえるかになりますね。

中村中村

それぞれの自主性を尊重し、職員が本当に必要だと思うケアを提供できれば(森田)

森田森田

改革を決めて、給与体系も見直しました。全部、底上げです。社員だけでなく、登録のヘルパーさんたちの時給も上がって、全員の給料をあげました。最近は他社も上げてきていますけど、大手さんと比べても遜色ないくらいの基準です。それまでは他社より安かった。

大手はブランド力があるので、利用者も職員も集まりやすい。無駄な広告費がかからないし、様々な場面で合理化ができるので人件費にまわしやすいです。

中村中村
森田森田

登録ヘルパーさんの時給に様々な手当を創設しました。例えば労働時間手当は月の労働時間が50時間を超えると時間×50円で100時間を超えると時間×100円が手当として加算されます。100時間労働すれば100×100で10000円が手当としてつくということです。その他にも資格手当や移動手当・研修参加手当などを増やしました。

離職を減らして、広告費など無駄な出費をなくし、合理化して人件費にまわすと。残業をなくして賃金アップして、離職する理由を潰していく。お母さんが多い正規職員も非常勤も、家庭と仕事の両立ができる。不満がないか少ないので、他へとはならない。素晴らしいですね。

中村中村
森田森田

ただ、みんな平日9時~18時の間はぎっしりとスケジュールが入っています。合理的にやっています。それで、ほぼ全員の方が18時で帰ります。土日はほとんど稼働していません

ワークライフバランスの徹底の他にも、やりたい介護ができると移る職員もいると聞きました。他社ではできなくて、ここではなにができるのでしょうか。

中村中村
森田森田

特に意識してはいませんが、私はケアについて口を出すことは基本的にありません。介護保険法は自立支援のためにあって、それを大前提にして、ケアマネージャー様やご本人様やご家族様など、周囲の方々と相談しながらそれぞれの自主性を尊重し、職員が本当に必要だと思うケアを提供できればと

介護職に自主性を求めるのは、多くの事業所が苦戦しています。プライベートが充実して、生活に余裕があると自主性も培われるということですか。

中村中村
森田森田

そういう一面はあるかもしれません。「どうしましょうか」ってケースバイケースの相談はあります。目指すべきゴールは共有しますけど、そこに至る考え方はそれぞれでいいかなって思っています。介護職個人を信頼して裁量を与えながら、コンプライアンスを守ってもらえればいいかなって。

研修してというわけではないのですね。いくら研修を頑張っても時間ばかりが圧迫しがちだし、実践で腕をあげるというのも合理的です。

中村中村
森田森田

毎月ヘルパー研修や営業所ミーティングも行っていますが十分とは言い難いです。時間が取れないほど稼働がでてしまっています。まあ、それでうまくいったのは、来てくれた人たちの素養ですね。来る人がよければ、個人の自主性に任せるだけで十分にまわります。

職員の労働環境整備を重点にした大改革で、離職が高い荒れた事業所から見事な生まれ変わりを達成した。長期的な視野を持つってことか。後半も引き続き、お願いします。

中村中村
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