公共交通機関がない、いわゆる「公共交通空白地域」では、日常の買い物や通院が困難になるなど、生活に支障が出ている状況です。そんな中、注目を集めるのが複数の交通機関などのモビリティサービスをサブスクリプション形式で提供するサービス、MaaS(Mobility as a Service)です。
本記事では、MaaSの導入事例やその問題点について、具体的な事例を交えながら解説していきます。
ますます拡大する❝公共交通空白地域❞
公共交通機関がない地域、いわゆる「公共交通空白地域」とは、バスや鉄道などの公共交通サービスが十分に提供されていない地域を指します。これらの地域では、住民の移動手段が限られ、特に高齢者や障害者にとって大きな課題となっています。
国土交通省の調査によると、2050年には全国の約半数の居住地域で人口が50%以上減少すると予測されています。この人口減少に伴い、公共交通機関の維持が困難になり、空白地域が急速に拡大することも予想されます。
実際に、これまでの路線バスの廃止状況を見ると、2008年度から2022年度までの間に20,733kmもの路線が廃止されています。これは東京からニューヨークまでの距離にほぼ匹敵する長さです。この数字からも、公共交通空白地域の拡大が現在進行形で想像以上に深刻であることがわかります。
また、バスや電車、タクシーの運転手のなり手不足も大きな問題です。
有効求人倍率を確認すると、実に2倍程度の水準で推移していることが分かります。
これは運転手の給与水準の低さが起因するものだと思われますが、このままでは。人手不足を要因とする路線バスの休廃止などの動きが拡大していくおそれもあります。
公共交通空白地域が高齢者に与える影響
公共交通空白地域に住む高齢者は、日常生活において多くの困難に直面しています。
まず、病院への通院が大きな課題となります。定期的な健康診断や治療が必要な高齢者にとって、病院へのアクセスが制限されることは深刻な問題です。
次に、日常の買い物にも支障が出ます。いわゆる「買い物難民」と呼ばれる状況に陥り、新鮮な食材や必要な日用品の入手が困難になります。これは栄養バランスの悪化や生活の質の低下につながる可能性があります。
さらに、社会参加の機会が著しく減少します。地域の行事や趣味の活動に参加する機会が失われることで、高齢者の孤立化が進み、心身の健康に悪影響を及ぼす恐れがあります。
加えて、介護サービスの利用にも支障が出ます。デイサービスなどの介護施設に通うための交通手段が失われることで、必要な介護サービスを受けられない高齢者が増加する可能性があります。
これらの問題は、高齢者の生活の質を著しく低下させるだけでなく、介護の必要性を早期に高めてしまう可能性があります。結果として、個人の健康状態の悪化だけでなく、社会保障費の増大にもつながる深刻な問題となっています。
地域経済への影響
公共交通空白地域の問題は、高齢者個人の生活にとどまらず、地域経済全体にも大きな影響を与えています。
まず、商店街の衰退が挙げられます。公共交通の不足により、地域住民の外出機会が減少すると、地元の商店街を利用する頻度も自然と低下します。その結果、売上げが減少し、店舗の閉鎖が相次ぐという悪循環に陥ります。
次に、医療機関へのアクセスの問題があります。公共交通の利用ができないことで、病院や診療所への通院が困難になります。特に、専門的な治療や検査が必要な場合、遠方の大病院に行く必要があるケースも多く、そのような状況下では適切な医療を受けられない可能性が高いです。
厚生労働省の医療施設調査によると、病院数は2011年の8,605から2021年の8,205へと減少しています。この傾向は地方部で顕著であり、公共交通の不足と相まって、医療機関へのアクセスを一層困難にしています。
さらに、公共交通の衰退は、観光業にも悪影響を及ぼします。二次交通の不足により、観光客の来訪が減少し、宿泊施設や飲食店などの観光関連産業の経営も圧迫されてしまいます。
これらの問題は相互に関連し合い、地域経済の縮小スパイラルを引き起こす危険性があります。人口減少による公共交通の衰退が、さらなる人口流出を招き、地域経済の基盤を弱体化させるという悪循環に陥る可能性があるのです。
MaaS導入への期待
このような状況下で高齢者の移動手段確保と地域活性化の新たな解決策として注目を集めるのが、MaaS(Mobility as a Service)です。
MaaSとは、複数の交通機関などのモビリティサービスをサブスクリプション形式で提供するサービスの総称のことです。専用のアプリが用意されており、目的地を指定すると全ての交通手段の中から最適な組み合わせをAIが検索して提示するケースが多いです。
定額5万円で電車やタクシーが使い放題?Whim
世界で初めて実証実験が行われたフィンランドのマース・グローバル社が立ち上げたMaaSのシステム「ウィム(Whim)」を例に紹介しましょう。
利用者がまずウィムに目的地を入力すると、公共交通機関を利用するいくつかの経路と料金が提案されます。希望のものを選んで決済を行い、経路に合わせて移動します。この経路にはレンタカーやシェアサイクル、カーシェアなども含まれ、レンタカーの場合は車種も選択可能です。
このMaaSアプリは、2017年から首都ヘルシンキで実用化されています。
なお、ウィムの魅力は月額定額制である点です。
- Whim Urban 30(ウィム・アーバン):30日間59.7ユーロ(約1万円)
- Whim Weekend(ウィム・ウィークエンド):30日間249ユーロ(約4万円)
- Whim Unlimited(ウィム・アンリミテッド):月額499ユーロ(約8万円)
- Whim To Go(ウィム・トゥ・ゴー):利用ごとに決済
「ウィム・アーバン」では、ヘルシンキ市交通局の全交通機関が乗り放題で、タクシーは10ユーロ分(約1600円)まで利用可能です。「ウィム・ウィークエンド」は、これに加えて週末のみレンタカーが乗り放題になります。「ウィム・アンリミテッド」では、ヘルシンキのすべての交通手段が無制限に利用できます。「ウィム・トゥ・ゴー」は定額制ではありませんが、通常料金より割安になります。
このような取り組みを日本に置き換えて考えた場合、例えば月額約8万円で電車やバス、タクシー、レンタカーなど、さまざまな交通手段を自由に使えるといったイメージになります。
なお、ウィムを使用するには、携帯電話番号と紐づいたアカウントの作成が必要であり、スマートフォンアプリの起動後、例えば現在地・目的地の入力により、目的地までの複数のルートが提示され、アプリからの支払いができる、という仕組みです。
MaaSの導入により、高齢者の移動手段確保や地域活性化に向けて、以下のようなメリットが期待できます。
- 交通手段の選択肢拡大:複数の交通機関を柔軟に組み合わせることで、高齢者の外出機会が増加
- 利便性の向上:一つのアプリで予約から決済まで完結し、煩雑な手続きを軽減
- コスト削減:定額制プランにより、移動にかかる費用の予測が容易に
- 地域経済の活性化:高齢者の外出機会増加により、地域の商業施設などの利用も促進
- 交通事業者の収益改善:利用者データの分析により、効率的な運行計画の立案が可能に
このように、MaaSは高齢化社会における移動手段の課題解決と地域活性化の両面で大きな可能性を秘めています。
日本でも導入!三重県菰野町のMaaSシステム「おでかけこもの」
MaaSの概念は日本の地方都市でも注目を集めています。
例えば、国土交通省から事業選定を受けている三重県菰野町の「おでかけこもの」の例を見てみましょう。
人口約4万人のこの町では、地域特有の交通課題に直面していました。
町の南部には鉄道が走っているものの、人口の大半が住む北部では公共交通の利便性に課題がありました。また、朝夕の通勤・通学時間帯と、日中の高齢者の病院通いなど、時間帯によって異なる交通需要への対応も必要でした。
これらの課題に対処するため、菰野町は「おでかけこもの」と呼ばれるMaaSシステムを導入しました。このシステムは、さまざまな公共交通機関を統合し、利用者がスムーズに移動できるよう設計されています。
具体的には町内ののりあいタクシーの乗降場所から他の乗降場所までの移動や、コミュニティバスや近鉄湯の山線、三重交通路線バスとの乗り換え案内などが検索できるうえ、乗合タクシーの予約もあわせて行えます。また、多言語に対応することで、外国人旅行客だけでなく、町内在住、在勤の外国人の方も公共交通を利用しやすくなります。
京都北部・丹後鉄道沿線地域でのAIを活用した交通サービスの実証実験
京都府北部に位置する京丹後市は、多くの地方都市が直面する課題の縮図とも言えます。急速な高齢化が進行しており、2045年には人口の約半数が65歳以上になると予測されています。また、郊外型の都市構造のため、日常生活の多くの場面で自家用車への依存度が高くなっています。
これらの社会課題を解決するため、AIを活用したオンデマンド交通サービス「WILLER mobi」の実証実験が行われることになりました。このサービスは、自宅から約2km圏内の生活圏をカバーし、アプリや電話での呼び出しに対して約10分での配車を実現します。AIによる効率的なルーティングと需要予測により、移動時間とコストの最適化を図ります。
特筆すべきは、QRコードを活用した新しい決済方式です。利用者は事前に切符を購入する必要がなく、乗降時にQRコードを専用端末にかざすだけで運賃の支払いが完了します。また、事前購入したチケットもQRコード形式で表示され、同様に読み取ることができます。
このシステムを通じて収集されたデータは、将来的に需要に応じて運行する交通サービスの設計や、地域全体の交通計画の最適化に活用される予定です。技術面では、特定のモビリティサービス提供会社のアプリケーションが採用されました。
この実験は、テクノロジーを活用して地域の交通課題を解決しようとする先進的な取り組みとして注目を集めています。成功すれば、同様の課題を抱える他の地域にとっても有益なモデルケースとなる可能性があります。
MaaS導入における課題と対策
とはいえ、MaaS導入に当たっては課題も多く残っています。
高齢者のデジタルリテラシー
MaaS導入における最大の課題の一つが、高齢者のデジタルリテラシーの問題です。スマートフォンの利用率が低い高齢者層にとって、アプリベースのサービスは大きな障壁となる可能性があります。
この課題に対しては、複数のアプローチが考えられます。
まず、高齢者向けのスマートフォン教室を定期的に開催し、基本的な操作方法やMaaSアプリの使い方を丁寧に指導します。これらの教室は、単なる技術指導の場としてだけでなく、高齢者の社会参加の機会にもなり、結果として外出機会の増加にもつながります。
次に、電話予約システムの併用も有効です。デジタルサービスに慣れていない利用者でも、従来通り電話で予約できるようにすることで、利便性を担保します。オペレーターが電話で受けた予約をシステムに入力する仕組みを構築することで、デジタルとアナログのハイブリッドな運用が可能になります。
さらに、高齢者にも使いやすいユーザーインターフェースの開発も重要です。大きな文字、シンプルな画面構成、音声ガイダンス機能など、高齢者の特性を考慮したデザインを採用します。また、タブレット端末を活用し、より大きな画面でサービスを提供することも一案です。
加えて、地域のボランティアによるサポート体制の構築も効果的です。若い世代が高齢者の代わりに予約を行ったり、
操作方法を教えたりする「デジタルサポーター」制度を導入している地域もあります。
他者との交流の機会にもなる、この方法も孤立になりがちな高齢者にとって有効なサービスとなるでしょう。
何より家族の協力体制が重要にもなってきます。
家族が関わることで、安心感もありますし、普段どんな生活場面で困っていることが多いのか、知ることができる機会にもつながります。
ビジネスモデルとしての持続可能性
インフラとしてMaaSの継続的な運営のためには、適切なビジネスモデルの構築が不可欠です。初期投資や運営コストを賄いつつ、長期的に採算の取れる仕組みを作る必要があります。
まず、広告収入の活用が考えられます。MaaSアプリ内に地域の店舗や観光施設の広告を掲載したり、移動データを活用したターゲティング広告を展開したりすることで、新たな収入源を確保します。
次に、電子チケット販売手数料を設定することも有効です。MaaSプラットフォームを通じて販売される各種チケットに一定の手数料を上乗せすることで、運営費用の一部を賄います。ただし、手数料の設定にあたっては、利用者負担とのバランスを慎重に検討する必要があります。
また、自治体からの補助金の活用も選択肢の一つです。MaaSを地域公共交通の一環として位置づけ、一定の公的支援を受けることで、初期段階の財政負担を軽減することができます。ただし、長期的には自立的な運営を目指す必要がありますので、担当窓口に相談することをお勧めします。
さらに、データ活用ビジネスの展開も検討してはいかがでしょうか。MaaSの運用を通じて得られる移動データや利用者データは、都市計画や商業戦略立案に有用な情報源となります。プライバシーに配慮しつつ、これらのデータを適切に分析・活用することで、新たな収益源を創出する可能性があります。
加えて、地域の多様な事業者との連携によるエコシステムの構築。例えば、観光地であれば宿泊施設や飲食店と連携し、MaaSの利用者に特典を付与するなど、Win-Winの関係を構築することで、地域全体での経済効果を高めることができます。
既存交通事業者との調整
MaaS導入に伴い、既存の交通事業者との競合や軋轢が生じる可能性があります。特に、タクシー事業者や小規模なバス事業者にとっては、MaaSが自社の事業を圧迫するのではないかという懸念が生じやすいです。
この課題に対しては、まず事前の丁寧な説明と協議が不可欠です。MaaS導入の目的や期待される効果、既存事業者にとってのメリットなどを明確に示し、理解を得ることが重要です。例えば、MaaSによって新たな顧客層の開拓や運行効率の向上が期待できることなどを具体的に説明します。
次に、役割分担を明確化することが重要です。例えば、タクシー事業者には深夜や早朝の移動、ドアツードアのサービスなど、その特性を活かした役割を割り当てるなど、既存事業者の強みを生かす形でMaaSに組み込むことを検討します。
さらに、Win-Winの関係構築を目指します。MaaSプラットフォームを通じて得られるデータや予約システムを既存事業者にも提供し、彼らのビジネス改善に役立ててもらうなど、MaaS参加のメリットを具体的に示すことが大切です。
また、なにより段階的な導入が有効です。まずは小規模な実証実験から始め、既存事業者の意見を取り入れながら徐々にサービスを拡大していくことで、急激な変化への抵抗を軽減することができるはずです。
まとめ:高齢者に優しい地域づくりに向けて
MaaSは、公共交通空白地域における高齢者の移動手段確保と地域活性化の有効な手段となる可能性を秘めています。しかし、その導入には多くの課題があり、地域の実情に応じた丁寧な検討と取り組みが必要です。
高齢者が安心して暮らせる地域づくりのために、MaaSを含む新たなモビリティサービスの可能性を積極的に探っていくことが求められているのではないでしょうか。同時に、デジタル技術の恩恵を全ての人が享受できるよう、高齢者のデジタルリテラシー向上支援や、従来の方法を取り入れた、きめ細かな対応が求められます。
MaaSの導入のため、地域の多様なステークホルダーが連携し、長期的な視点を持って取り組むことで、真に高齢者に優しい、活力ある地域社会の実現が可能となるでしょう。
みんなのコメント
ニックネームをご登録いただければニックネームの表示になります。
投稿を行った場合、
ガイドラインに同意したものとみなします。
みんなのコメント 0件
投稿ガイドライン
コミュニティおよびコメント欄は、コミュニティや記事を介してユーザーが自分の意見を述べたり、ユーザー同士で議論することで、見識を深めることを目的としています。トピックスやコメントは誰でも自由に投稿・閲覧することができますが、ルールや目的に沿わない投稿については削除される場合もあります。利用目的をよく理解し、ルールを守ってご活用ください。
書き込まれたコメントは当社の判断により、違法行為につながる投稿や公序良俗に反する投稿、差別や人権侵害などを助長する投稿については即座に排除されたり、表示を保留されたりすることがあります。また、いわゆる「荒らし」に相当すると判断された投稿についても削除される場合があります。なお、コメントシステムの仕様や機能は、ユーザーに事前に通知することなく、裁量により変更されたり、中断または停止されることがあります。なお、削除理由については当社は開示する義務を一切負いません。
ユーザーが投稿したコメントに関する著作権は、投稿を行ったユーザーに帰属します。なお、コメントが投稿されたことをもって、ユーザーは当社に対して、投稿したコメントを当社が日本の国内外で無償かつ非独占的に利用する権利を期限の定めなく許諾(第三者へ許諾する権利を含みます)することに同意されたものとします。また、ユーザーは、当社および当社の指定する第三者に対し、投稿したコメントについて著作者人格権を行使しないことに同意されたものとします。
当社が必要と判断した場合には、ユーザーの承諾なしに本ガイドラインを変更することができるものとします。
以下のメールアドレスにお問い合わせください。
info@minnanokaigo.com
当社はユーザー間もしくはユーザーと第三者間とのトラブル、およびその他の損害について一切の責任を負いません。
2020年9月7日 制定