5割の介護職員がパワハラを受けていたことが明らかに
厚労省が介護現場向けのハラスメント対策マニュアルを作成
2019年4月、厚生労働省は、介護現場向けのハラスメント対策のマニュアルを策定し、「介護保険最新情報Vol.718」の中で内容を紹介するとともに、事業者に活用するよう呼びかけました。
今年3月に厚生労働省が公表した「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究」では、「過去に利用者からハラスメントを受けたことがあるか」という問いに対して、「ある」との回答割合は特養で71%に上り、訪問介護でも50%に達していました。

さらに「利用者の家族からハラスメントを受けた経験があるか」との質問には、居宅介護支援(ケアマネージャー)が30%ともっとも高く、以下、定期巡回・随時対応型訪問介護看護の27%、訪問看護の26%と続いています。
日頃から利用者の家族とサービス利用の調整、相談を行っているケアマネージャーが最も被害を受けているわけです。なお、この調査は厚生労働省が民間のシンクタンクに委託し、介護系の2,155の事業所、介護職員1万112人の解答結果を基に行われました。
介護業界で働く職員は7割以上が女性なわけですが、十分な対策が取られないままハラスメントが横行しているのが実情。今回のマニュアルの中では主に事業者が取り組むべきことが盛り込まれています。
利用者とその家族に対するハラスメント防止の周知をはじめ、相談しやすい職場づくり、発生後の対応方法(原因、経過を明らかにするなど)といった基本的事項が改めて規定されました。
上司に相談しても約半分は効果なしと回答している
厚生労働省が3月に発表した調査結果では、訪問介護員(ホームヘルパー)が受けたハラスメントとしてもっとも多かったのは「精神的暴力」で全体の81%。その後に「身体的暴力」が42%、「セクハラ」37%と続きます(複数回答可)。
現場の職員はハラスメントに直面しても泣き寝入りせざるを得ない場合が多く、今回の調査でもハラスメントの被害にあった職員の79%が上司、同僚に相談していましたが、相談後の状況に対しては43%が「変わらなかった」と回答しています。
また、冒頭で紹介した委託調査を実施するきっかけにもなった、2018年6月に公表された「日本介護クラフトユニオン(NCCU)」の調査においても同様の結果が出ていました。
この調査は、介護分野で働く組合員2,411人から得た回答をもとに行われましたが、そこでも回答者の約7割がパワハラを受け、約3割がセクハラを受けた経験があると答えています。
また、被害を上司、同僚にしたものの、状況は何ら変わらなかったと回答した職員は過半数に上りました。
原因は利用者の性格・生活歴によるものがほとんど
利用者は介護に対して過剰な奉仕の精神を期待している
では、なぜこれほど介護現場でハラスメントが発生するのでしょうか。
介護職員が現場でハラスメントに直面する原因として、利用者における認知機能の低下を指摘する意見は多いとのこと。
しかし、NCCUが行った調査では、ハラスメントが起こる原因として「認知症に伴う周辺症状」との回答割合は49%であるのに対して、「(加害者側の)生活歴や性格」は60%にも上っています。
つまり、必ずしも認知機能の低下だけが原因とは言い切れないのです。

また、介護現場でセクハラが起こる原因についてセクハラを受けた職員に尋ねたところ、「(加害者側の)生活歴や性格」「介護従事者の尊厳が低くみられている」「ストレスのはけ口になりやすい」との回答は、どれも6割を超えました。
現場で実際にハラスメントを受けている職員は、必ずしも認知機能の低下のみがその原因ではないと考えているのです。
さらに、冒頭で紹介した厚生労働省の委託調査では「利用者・家族等からのハラスメントが発生する原因」についての質問に対して、「職員の仕事の意義や価値が低く見られている」などの回答のほか、「利用者・家族等がサービスへ過剰な期待をしているから」との回答割合が多くなっていました。
介護に対して過剰な「奉仕の精神」を期待する利用者が多く、そのことがハラスメントにつながっていると感じている介護職員が多いのです。
女性職員が多いことからセクハラ対策は必須
先述したとおり、介護業界では、女性の職員が多いことからセクハラへの対策が急務。現状、日本においては、セクハラを防ぐための法律として男女雇用機会均等法が定められていますが、それ以外にセクハラ防止のための立法がありません。
社会的にセクハラを「罪ではない」とする認識も強く、セクハラを防ごうとする機運が十分ではないのです。
さらに、昨年開催された国際労働機関(ILO)の委員会の場では、職場におけるセクハラ、暴力をなくすための国際基準策定に関して、日本政府の消極的な姿勢が目立っていました。
欧州諸国は拘束力を持つより厳格な条約制定を訴えていましたが、日本政府はあくまで「勧告に留まることが望ましい」との姿勢を崩さなかったのです。
実際、現状の日本においては、性差別とは何か、セクハラとは具体的にどのような行為なのかが、法律上の定義はありません。
介護業界でも利用者に対する抑止や各事業所が措置を取れるような対策が望まれていますが、今後は日本社会全体においてセクハラは「罪になる」との認識を広めていく必要があるでしょう。
セクハラで4割の介護職員が離職を検討している
セクハラに対する相談窓口を設置している企業はたったの36%
セクハラに対する日本社会全体における意識の低さは、各企業におけるセクハラ防止への取り組み状況からも読み取れます。
労働政策研究・研修機構が従業員10人以上の企業1,711社から得た回答をもとに、セクハラ防止対策の導入状況を調査しました(2016年実施)。
その結果、相談窓口を設置しているのは全体の36.5%。就業規則の中で文書化している企業は25.7%、管理職研修を行っている企業は16.3%、全労働者に対する研修を実施している企業は11.4%に過ぎませんでした。

セクハラ防止対策導入が進まない理由のひとつとして、2007年に男女雇用機会均等法の改正によって制定されたセクハラ防止対策には罰則規定がなく、悪質な企業を公表する制裁措置もないことが挙げられるでしょう。
世界的な傾向としてはパワハラ・セクハラなどに関係なく、ハラスメント行為全体に対して罰則付きの禁止規制を設けるのが主流となっており、先進7ヵ国の中でそのような規定がないのは日本だけです。
各企業において限定された取り組みしか行われていない現状に対して、より厳格な法整備が必要であるとの声は少なくありません。
要介護者側の「支えられて当然」という考え方を変える必要がある
介護サービスの中でも訪問介護や訪問看護など、利用者の自宅を直接訪れる介護サービスの場合、第三者の目が届きにくいのでセクハラの温床となっているのが実情です。
高齢化が進む中、訪問介護サービスの利用者は今後さらに増えていくとみられていますが、対策が取られないままだと、セクハラ被害はさらに増加する恐れがあります。
一方で、対策を進めている自治体もあります。例えば、兵庫県は2018年1月からセクハラを行う恐れのある利用者宅に対して、訪問介護員が2人1組で訪問できるように、人件費の一部を助成する事業を始めました。
2人同時に派遣できるほど人手に余裕のある事業所が少ないという問題もありますが、解決に向けた取り組みです。
冒頭でも紹介した厚生労働省の委託調査によると、「ハラスメントを受けて辞めたいと思ったことがある」という介護職は4割近くに上っており、今やハラスメントは離職原因のひとつです。
要介護者側の「支えられて当然」といった感覚を変えるような「モラル」や「社会常識」を変えなければ、介護人材の不足はさらに深刻化する恐れがあります。
今回は介護分野におけるハラスメントの問題について考えました。高齢化が進み介護職へのニーズが高まる中、人材確保を進めるためにも、ハラスメント対策は急務です。
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2020年9月7日 制定