東京都は介護現場へのICT技術の導入を進めている
補助金最大1,000万円の背景には深刻な人材不足がある
現在、東京都は積極的に介護現場に対してICTの導入を進めており、今年の7月まで、介護保険施設等を対象としたICT活用促進事業の補助先を募集していました(必要書類の提出期限は7月31日)。
具体的には、ICT環境を整えて業務の効率化を目指している定員30人以上での特別養護老人ホーム(特養)、介護老人保健施設(老健)、グループホームなどが対象で、補助金の額は最大で特養と老健が1,000万円、グループホームが250万円です。
補助金の支給対象となるのはICT機器の導入費用、通信ネットワークの整備費用、コンサルティング費用などです。この補助事業は今年度に東京都が独自に実施していて、約4億円の予算を約80ヵ所の施設に補助することを想定しています。
東京都が介護現場におけるICT導入を進める理由のひとつが、慢性的な介護人材の不足です。
介護労働安定センターの『平成28年度介護労働実態調査』によると、介護サービス事業者の6割以上が人手不足を感じており、その割合は毎年上昇しつつあります。

ICTの導入によって業務を効率化し、人手不足を少しでも補おうという意図が、東京都による補助金制度実施の背景にあると考えられます。
ICT導入で事務作業にかかる労働時間が1割削減された
ここで専門用語のおさらいをしておきましょう。
ICTとは情報通信技術のことで、技術的側面のみに焦点をあてたITに対して、実際に情報を伝達、共有する方法も視野に入れたのがICTの概念と言われています。
最近マスコミの報道などでよく目にする「loT(Internet of Things)」は、ICTを活用した事例のひとつです。
loTとは、日本語で「モノのインターネット」と訳すのが一般的で、家電製品をはじめとするあらゆるモノがインターネットとつながる仕組みや技術を指します。
では実際のところ、介護業務にICTを導入することで何ができるようになるのでしょうか。
第1に挙げられるのが、事務業務の効率化です。現状では介護記録の多くが手作業で行われていますが、作業量が多すぎて残業を余儀なくされる、本来のケア業務に集中できない、などの問題が生じています。
しかし、介護記録のICT化を進めることにより、事務作業の時間を大幅に短縮できます。さらに、紙の場合に比べて情報共有もしやすくなります。
ICT化に伴うタブレット端末の導入により、2年間で労働時間を約1割減らすことができたという事例もあります。
さらに最近では、見守りロボットのようなloT機器を導入するケースも増加。介護職員が離れた場所から利用者の離床や在室を確認できる機器、ケアプラン作成に必要な各種データの収集を行ってくれる機器などが積極的に活用されています。
ICTで介護職員の負担軽減が実現した例も
介護施設におけるICTの導入実績
富山県社会福祉協議会が県内にある137の福祉施設を対象に行ったアンケート調査(2017年5~6月実施)によると、ICTを「導入している」と回答したのは全体の42.3%、「検討中/準備中」が8.0%、「導入の予定はない」が49.6%となっていました。

導入したICTとして最も多かったのは「介護(支援)ソフト・システム」の46.6%で、以下「パソコン等による利用者情報の一元管理」(29.3%)、「タブレット端末・モバイル端末」(24.1%)と続いています(以下複数回答)。
ICTを導入したきっかけや目的を尋ねる質問では、「業務の効率化・省力化」が46.6%を占めて最多となり、2番目が「利用者情報の共有」(29.3%)、3番目が「多事業者間、多職種間の情報共有」(17.2%)でした。
また、導入済み、もしくは導入を検討中・準備中と回答した施設に、導入にあたって利用した補助金・助成金を尋ねたところ、実際に支給を受けている施設は全体の数%に過ぎず、「無回答」が50.7%、「特になし」が37.7%となっています。
さらにICTの導入にあたって取り組んだことについては、「職場内研修・勉強会」(46.4%)が突出して多くなっていました。
現場の効率化と利用者情報の共有を同時に実現できる
こうしたICTの導入によって、具体的に各介護現場ではどのような改善点がみられたのでしょうか。
富山県社会福祉協議会の調査では、ICT導入後の変化として最も多かった回答が「利用者情報の共有」(50.0%)で、以下「業務の効率化・時間短縮」(43.1%)、「サービスの質の向上」(20.7%)、「多事業者間、多職種間の情報共有」(19.0%)と続きました(複数回答)。
介護業務の効率化と情報の一元化という点において、効果を実感している施設が多くなっています。
さらに北九州市が行った「介護ロボット等導入実証事業」では、タブレット端末によって施設入居者の様子を確認できるシステムを導入することで、職員による「居室の見守り」の時間が大幅に減少。
さらに、入居者の寝姿を常に確かめられるので、寝具のずれを素早く直せるようになりました。ICTの導入により、業務の効率化に加えて、サービスの質を向上させることにもつながったわけです。
このように実際に高い効果が出ている事例が多いことを踏まえると、介護人材の不足が深刻化しつつある中、ICTの利用は今後さらに必要になると考えられます。
政府による補助金などの支援が今後期待される
費用負担と職員の教育が導入のネックに
ただ、先の富山県社会福祉協議会の調査結果では、ICTの導入予定はないとする回答が49.6%にも上っており、多くの施設がICT化に消極的である実情も浮き彫りにされていました。なぜICTの導入に躊躇する施設が多いのでしょうか。
富山県社会福祉協議会の調査では、「ICTの導入・活用にあたっての課題」に関する質問を行っています。
それによると「経費・費用負担の増大」(46.0%)と「職員の習得・習熟に時間がかかる/習熟度に差がある」(29.9%)という回答が、際立って多くなっていました(複数回答)。
また、静岡県が県内の介護施設を対象に行った調査結果によると(2016年実施)、介護ロボット技術やICTを導入していない施設に対して「今後どのような条件が整えば導入するか」を尋ねたところ、「導入経費が安くなる」との79.7%、「使いやすい機器が開発される」との回答が63.9.%を占めていました。

富山県、静岡県のどちらの調査においても、費用負担、職員への教育の必要性(機器の使いやすさの度合い)という2つの点が、ICT導入の大きなネックとなっているのです。
さらなる浸透のためには補助金と教育制度の充実を
東京都が介護施設へのICT導入の補助金制度を拡充している背景には、介護人材の不足が他県に比べてもひどいという現実があります。
実際、2018年8月時点における介護分野の有効求人倍率は、全国平均では約4倍だったのに対して、東京都では約7倍に上っていました。
4倍でも全職業の平均より1.5倍ほど高くなっていますが、東京都はそれを上回る極端な人手不足が生じているのです。しかし今後、ほかの都道府県でも人手不足が深刻化すれば、東京都と同様の手法が必要になると考えられます。
先の富山県社会福祉協議会が行った調査でも、「ICTの導入などにあたって必要とする情報や支援」について尋ねたところ、約1割の施設が「補助金・助成金の拡充」を挙げていました。
また、人材の教育制度も必要です。全国老人保健施設協会による調査(2017年実施)では、老健施設などに「今後のIT導入の方針、意向」を尋ねたところ、「今後担当の職員や部署を増やしたい」との回答が38.3%を占めていました。
介護現場におけるICT化に向けては、補助金制度と人材教育への支援を充実させる必要があります。
今回は介護施設におけるICT化の問題を考えてきました。介護人材不足が続く中、それを補うためのICT化をどのように介護現場に導入すればいいのかを巡っては、今後さらに議論を呼びそうです。
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2020年9月7日 制定